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どん底にいた時の話(1度目)

病は気から。気にしないのが1番だよ

って、そういう問題ではない。バカか。

 

嫌なら嫌って本人に言えばいいじゃん

って、全く何も私のことをわかっていないし、見ようとしてない。あいつがどんなに私を苦しめてるかも分かってない。

 

まぁ仕事が大変なんだわ。

って、それだけでこうはならねぇよ。

 

友人

友達とご飯食べてストレス発散とかにはならないの?

って、友達に会うことすら気苦労なんだわ。そんな日常のストレスじゃないから。第一、友達に見捨てられてこうなったんだわ。

 

親友たちには、

その行動は理解できない。相手のこと考えられないわけ?あなたと友達であることも嫌だし、こういう話を今してるのも不快。せっかくの場でこういう話題は嫌だからもうやめよ。

と言われた。

その瞬間から、私はその場で話したことを後悔し、私はもうこの人達のことは金輪際信頼しないでおこうと決めた。距離感を大事にすることにした。

 

誰一人として、私がうつ状態と診断を受けたと言われた時、家族でうつについて勉強しようとした人はいない。深刻なことだと思っていなかったのだろう。可哀想な私。

 

あいつは論外。

大学4年の4~5月、私はあいつと2ヵ月同居した。というか、あいつが乗り込んできた。お前に拒否する権利はないと、私に有無を言わせずに。

しばらく同居してから、事後報告で、USBで画像をすべてダウンロードしてあると知らされた。訴えるための証拠確保らしい。実家に保管してあるからと言われた。でも、弁護士事務所でお前も非があり訴えられる可能性があるとわかり、結局相手を訴えることはやめたのだそうだ。その日から私は、部屋に盗聴器と隠しカメラが仕掛けられていると思いながら過ごした。電話はもちろん独り言も避け、背後を振り返りながら生活した。

 

どうして、人は勝手にこんな行動をおこすのか。何様のつもりだ。私の行動がそこまでいけないなら、お前のやったことも私の人権を無視した行為だ。私の存在を見下して、心の殺人とでも言おうか。

 

最終面接に残ったと仕方なく報告したら、

なんでそんなとこ受けているんだ。お母さんがどれだけ悲しむと思っているんだ。お父さんは殺しに行くかもしれないから言わないでいてあげてるのに。

5月中旬、内定出たら、

まだ受けてたのか。本気で行くつもりなのか。親不孝者。家族の縁を切りたい。お母さんも悲しんでそう言っている。

 

そうまで言われても、あいつの留学までの辛抱だと2ヶ月の同居を耐えて耐えて、5月末、ようやく留学に行った。家族のためにメッセージノートも書いてあげて空港まで家族と見送りにも行ってあげた。

数日後、すぐに留学先から連絡が来た。

今は何をしてるんだ。またどうせ連れ込んでるんだろ。

無視すると、また、毎日何度も、

今は何をしてるんだ。どこにいるんだ。

そしてあいつは就活のために何度も何度も帰国して私の家に泊めろと言った。うちは無理だとと言ったら、

誰のお金でそこに住んでいるんだ。

なぜ泊まらせたくないのか。連れ込んでるんだろ。

私はこれ以上関わりたくなかったので、近所のホテルに1週間泊まって家だけ貸した。

 

私は必死で毎日朝から晩までバイトをした。経済的にも完全に自立するために。もうひとりで生きていこうとしていた。

だがある日、起きれなくなった。バイトも無断欠勤からそのまま辞めた。毎日涙が出るようになった。声も出なくなってきた。

 

冬になる頃、私が心療内科に通院しているということを、家族にそれとなく伝えた。

あいつは心配している様子だった。私は呆れ、とんちんかんな反応に逆に背筋に震えが走った。きっと皆、就職前の不安からきていた病だと思っていたことだろう。誰も詳しいことを聞いてこなかった。気を使っていたんだろうが、それにしてももっとまともな大人はいないのか。ある日母にだけうつ状態と言われたことを打ち明けたが、

病は気からだよ~

と冒頭に記したことを言われた。

母はこういう人である。

 

 

今でも家族や親友たちから受けた仕打ちを忘れることはできない。完全に許すことはできない。重罪だ。適度な距離感で関わるつもりだ。たとえ家族と言えど、全信頼を置かない。

私は数名の別の親友と、偶然巡り会えたスクールカウンセラーによって当時救われた。死なないでいられた。当の本人たちは、私の本当の苦しみを未だに理解していない。

私は孤独の中ひとりで乗り越えて、なんとか入社式を迎えたのだ。

 

 

何年も過ぎ、あいつからネタにされるようになった。

そしてあいつは、芸能人のスキャンダルに笑った。

うちに上がり込んで勝手に本をあさり、「母という病」や「人を殺してはなぜダメなのか」というタイトルを見ると、

こんなん読むの?可笑しいんじゃないの?

人を小馬鹿にしたように笑う。

そういうあいつは非常に憎い。

誰のせいでこうなったのか。家族でなければとうに縁を切っている。

たとえ表向きには元通りになっていても、元通りにしてあげていても、私は絶対にそういう部分は許さない。認めない。欠陥女め。

あいつも精神問題ありだから同情する部分もあるが、だからといってそこまで私は心広くなれない。

 

 

家族や親友に見捨てられた、見放された、信頼を裏切った(?)裏切られた(?)という経験。

人生で1番忘れ難い絶望を思い出すと、今でも惨めで悔しくて泣ける。当時の怒りを思い出すと、言葉が有り得ないくらい汚くなる。
そして、今表向きは普通に接している事が不思議なくらいである。大人な自分を本当に褒めてあげたい。自分が家族で1番大人である。家族という離れられない関係。

 

ここまで書いてきたが、今気付いたことがある。

もしかしたら私は、幼い頃から家族や周囲に褒められたくて、信頼されたくて生きてきたから、

お前に裏切られた

もうお前には絶望した

お前とは縁を切りたい

というあいつの言葉は、私には最も酷な一言だったのかもしれない。あいつ含め、私は家族が大好きだからこそ、その言葉は私を崖から突き落とし、自分はもう生きていく価値はないと思ったのかもしれない。そうに違いない。

そのくらい衝撃的な絶望を味わった。

それでも必死でもう1度好かれたいと努力して、あいつを空港で見送り、就活を手伝って、必死でアピールしてすがったけれど、何度も何度もお前はダメ家族だと言われ、そして私は奈落の底に落ちていった。

私が勇気を振り絞って病気を打ち明けて助けを求めた時も、私が本当に救いを求めていた人は誰も、本気で手を差しのべてはくれなかった。

そうして私はもう諦めた。

心のどこかでは、未だに完全に嫌いになれていないことも自覚している。寧ろここまでされてもまだ、私は家族に好かれたい、大切にされたいと思っている。家族の絆とはある種恐ろしく不気味である。

けれども今は、今の私にはもっと大切なものがあるというのも事実。自分の居場所を幸いにも見つけることができた。この奇跡、誰に感謝したらいいか分からないが、本当に心からの幸せを感じさせてもらって、ありがとうございます。

自分の今の家族には、絶対に自分のような絶望を味合わせたくない。だからたくさん本も読むし、辛くても過去についても考える。私は今の家族を心底から支えられるくらい、強くなりたいのだ。

 

どうか、お願いします。