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親から子への期待

子供が何をしているか、何を思っているかなんて、親子でも別人格だから知りっこないと思う。だから親は子に本来期待すべきではない。期待しないでおこう、と意気込む親は多いように思う。(とは言え実際は期待してしまいそうだが)しかしながら、その意気込みも虚しく、「〇〇だけはしてほしくない」という、「してほしい期待」とは一見真逆の「してほしくない期待」というのは、誰しもする可能性が高いと思う。これもある種「期待」と言えると思う。「犯罪者にならないでほしい」という期待から始まり、「人を傷付けないでほしい」「人に迷惑をかけないでほしい」「自分勝手にならないでほしい」…などと並べていると、期待という名の縛りがどんどん増えていく。まるで、結婚相手の条件みたいだ。結局は、よく言われる「思いやりがあればそれだけでいい」みたいなのは、その「思いやり」の中にも、親が理想とする「こうこうこういう思いやり」みたいなのが隠れているのだと思う。本当に完全に子供に期待をしないことをできている親は、実際どのくらいいるのだろうか…

そう考えると子育てって難しいんだな…と、まだ子育ての入口にしか立っていないけれど感じる。よく、子供全員東大に入れた親の子育て法などの本がベストセラーになっているけれど、子育てに正解はないんだろうなと本当に思う。どう育てたからといって、どうなるかはわからない。どこの親も、我が子がいじめられっ子やいじめっ子になるなんて、非行に走るなんて、犯罪者になるだなんて、まさか思いもしない。障害を持つことになるとも思わないだろう。

子供が自我を持って、個性が出てきて、自立して、自ら付き合う人含め自分の人生を選んで歩んでいくようになっていくから。(障害の場合は少し違うだろうが)その意味では、親子と言えども他人なのだ。けれどやはり、血の繋がりは特別なもので、切っても切れない縁だとも言える。親は、子供に将来何があっても親であると言うだろうが、それは相当な覚悟がいることかもしれない。子供の存在を愛し、信じて見捨てず、支え見守り続ける。どんな時も、一番の味方であり続ける。それが理想の親子関係。しいては理想の夫婦。家族。友情。理想の人間関係なのかなぁ。

 

人がこの世で生きていくって、大変そうだけれど、様々な物事が重なり交差しあって、何かが生まれていくという面では、非常に興味深いものなのだと思う。

子供が1人の人間として、これからどんな風に生きていくのか、楽しみである。自分は「親として〇〇〜」と大きく気構えず、「側にいよっと( ˊᵕˋ*)」くらいでいいかな~?長々と堅苦しく語ってしまったけれど、実際は、「親としての責任や覚悟なんてものは、いつか付けばいいや~」っという感じです( ˊᵕˋ*)